いつも通りバリエーションとして、曇った日の眩暈坂を作ってみた。
眩暈坂(めまいざか) - 聞いたことがあると思う。京極夏彦の小説に登場する坂である。小説の主人公、清明神社の神主で古本屋の店主でもある中禅寺秋彦、その彼の店である京極堂に行くために通らなければならない坂だ。
イメージしたのは梅雨の合間の晴天の日で、時刻は正午近く 地面が熱せられて気温はぐんぐん上がるが湿度は高いままで蒸し暑く、大気中の水蒸気とチリで遠くの景色がかすんでいる。坂だけが日の光を受けて白く浮き上がっている。緩くカーブした坂は一応舗装してあるがところどころのひび割れから雑草が生えている。坂に沿って、片側はところどころ崩れかかった土塀で、奥は竹藪。反対側は、荒れ地で雑草が生え放題の状態。そんな風景をイメージした。
坂の数値データは、幅員2mで延長250m、勾配は9m登っているので角度にして2度だからそんなにきつい勾配ではない。
あらためて小説を読み返すと、少し状況が違っていた。小説では坂の両側は土塀でその奥は墓地。登りきったところは蕎麦屋でその隣が京極堂になっている。場所も東京の中野だから、私がイメージした坂とは少し違うかもしれない。
今まで、インテリア空間を中心に光と影を考えてきたが、エクステリアでの光についても考察する必要があるかななどと考えているときに眩暈坂のことを思い出した。光というよりは日向、日陰の作りだす造形かもしれない。これからは外部の景観についても取り上げてみたいと思っている。
時間(建物が建てられてからの時間)が建築に与える影響は大きい。光と建築の関係を考察する時も時間軸を無視はできない。
古い建物が独特に持っている雰囲気は経年変化や使用感が大きく影響している。日焼け、使うことでできた傷や汚れに加え、その空間にある家具・什器も大きく影響する。建物は使用されてなんぼである。
ところで、今テーマにしている町家は、特に有名建築家が設計したわけではないが大変魅力ある造りをしている。
いや、むしろ有名建築家が設計した住宅というのはクライアントに受け入れられない場合が多い。良い例がミースファンデルローエのファンズワース邸だ。建築としての素晴らしさは右に出るものが無いが、住人にはすこぶる評判が悪い。
町家の場合は、誰か一人がアイデアを出したのではなく長い時間の中での試行錯誤からうまれた形ではないだろうか?
間口の広さで税金の額が決まった時代に間口をできるだけせまく、いわゆる鰻の寝床の平面形で節税を考慮しながら通風・採光・防火・景観など住居としての機能、デザインを見事に満足している。
通庭には竈があり火を使うが、この吹き抜け空間は火袋と呼ばれ、火事の場合に火を上に逃し隣地に延焼しにくいように工夫されている。同時に吹き抜けがこの空間の雰囲気を決定づけているともいえる。
モデルに時間軸を与えてみた。経年変化と使用感である。竣工間もない想定のモデルと並べて比較してみると、光の与え方は同じでも違った空間に見える。
AGINGとは、辞書を引くと 老化 などと出てくる。近年、化粧品のテレビコマーシャルでアンチエージングなどと使われている。
オーディオの世界では、スピーカーやアンプの慣らし運転のことを指すこともあるらしい。
建築の世界では、経年変化とでも訳せばいいだろうか?
耐用年数が何十年も、場合によっては何百年にもなる建築の場合は、竣工時のままで存在することはなく、経年変化は避けて通れない。しかし、メンテナンスを行うことで、美しく変化させることはできる。
人が住まない住宅はすぐに朽ち果てて行くが、人が住むことによって朽ちるのではなく味が出てくるのもそのためだ。
前回、町家をモデルとした建物のイメージを造った。夜の風景では、光と闇だけで雰囲気を表現できるので、モデルに経年変化を表現する必要がなかった。
しかし、同じモデルの昼間の表情を作ってみると、
こんな感じになった。
モデル自体の完成度が低いこともあるがAGINGがない。建てられてから時間が表現されていないため味がないのである。
時間がたつにつれて、焼け・よごれ・シミ・歪み・傷 などがついてくるはずなのに、この絵には建てられてから時間がたった建物にある雰囲気がないのである。
このブログは、ひかりと建築をテーマに書いてきたため、時間にあまり気を使っていなかったが、建物のAGINGがその空間の質も変化させることをあらためて認識した気がする。
光と影が空間を表現するといっても、その空間の時間軸を抜きにしては語れないということだ。
谷崎潤一郎の随筆のタイトルだが、日本人の光に対する感覚を良く言い当てていると思う。といっても時代がだいぶ違うために若い人にはピンと来ないかもしれない。裸電球の照明など知らない人が多いのではないか?
子供のころ祖母の家によく遊びに行った。今思うと通り庭のある町家形式の家であった。陰翳礼讃の場面と重なるところがある。中庭に面した厠に夜行くとき暗い廊下を通るのにずいぶん怖い思いをした記憶がある。
あまりよく覚えていないが記憶を頼りにこの家をモデリングしてみた。
お決まりの途中段階である。なかなかこれで完成というところまでいかず今まですべて中途半端で終わっているが、少しづつ完成に近づけていこうと思う。
夜の通り庭。裸電球の色温度の低い赤い光で照らされ、よく磨かれた黒光する柱に反射している。高い天井や、隅まで光が届かず陰がある風景になっている。
この廊下の先に厠がある。奥は光が届かず、子供にとっては妖怪や魑魅魍魎が出てきそうな雰囲気である、がどことなくこの風景に親しみがわくのは私だけだろうか?