2011年11月11日金曜日

キンベル美術館(まとめ2)


平行してこの敷地全体をモデリングしているが、かなり傾斜のある敷地に建っている。裏の搬入口は1階レベルにあるが、エントランスは2階レベルになる。
搬入口と通用口?がある北面と東面。搬入口のある駐車場は、荷捌のため1階レベルがトラックの荷台高さになるように更に下げたレベルになっている。(のだと思う)
が、実際行った時の記憶ではそんなに段差がある敷地には思えなかった。さすがに処理がうまいなあと今更ながら思う。
南からのアプローチキャノピー




エントランス
アプローチキャノピーと前面の水盤
サイクロイド曲線
キンベル美術館の天井(屋根)に使われているボールトの形状はサイクロイド曲線と呼ばれる緩和曲線である(緩和曲線とは曲率が徐々に変化する曲線の総称で、高速道路のインターチェンジの道路の曲率に使われているクロソイド曲線が有名)。
サイクロイド曲線は、直線上を円が回転する際に、円状の一点が描くカーブである。
式で表すと X,Yの座標は
X=r×(θ-sin(θ))Y=r×(1-cos(θ)) シータは円の回転角で単位はラジアンで表される。
キンベル美術館のボールトの幅は23フィート(7010mm
この場合の計算結果を下表に示す。

この結果を用いてモデリングに取り掛かる。
ところで、サイクロイド曲線は最速落下曲線とも言われている。上の図をひっくり返して180度分だけ使うと勾配がだんだん緩やかになる斜面になるが、この斜面を転がり落ちる場合が他のどの形状の斜面より速く落ちるそうで数学的に(物理的に)証明されているらしい
いろいろネットを調べてみたが、サイクロイド曲線と光の反射との関係はどこにもなかった。

放物線
光と関係があるカーブとしては放物線だ。二次方程式で決まるカーブであるが、その焦点から放射された光は放物線で反射すると平行光線になるというものだ。

エクセルのグラフ機能を使った放物線が下図


注目すべきは、キンベルの天井に取り付けられた反射板だ。実際のキンベルではパンチングメタルで作られたものが設置されているが、これが放物線に近似している。
放物線を、ある角度に回転し、キンベルの断面図に重ねてみる



しかしこのカーブは断面図からトレースしたもので、式であらわされる曲線かどうかもわからない。見た感じが放物線らしいと感じただけである。ちなみにサイクロイド曲線を縮小し角度を合わせてみたが合わなかった。
放物線ではないかと疑っているもうひとつの理由は太陽光線だ。太陽光線は平行光線であり、もしこの反射板が放物線なら、直射がトップライトから差し込むと反射板にあたった光は一旦焦点を結びまたサイクロイド曲線に向かって拡散していくことになる。

こじつけだろうか?もしそうでなければ、緑の斜線が放物線のY軸方向であり、この方向から来た太陽光線は焦点に集まり、通り越してサイクロイド曲線に向かって拡散していくことになる。

放物線の焦点
焦点を作図した。方法はこの図のとおり。


平行光線が焦点に集まるなら、光線が放物線に当たる点で、その接線に対して対称角度に反射するはずだから、反射した光線がY軸と交わる点が焦点になる。
では、Y軸に平行でない光線の場合はどうなるか?これも作図してみた。
赤い線は、Y軸と平行な光線、確かに焦点に集まっている。しかし軸をずらすと緑の線のように一点に集まることはなかった。が、赤も緑も拡散していることはわかる。


この広がった光線が天井面を照らすことになるはずだ。
3Dでモデリングしたサイクロイド曲線の天井に、反射板を取り付け朝6時、9時、12時にどうなるかをシミュレートしてみた。壁・床は、反射がないように、艶のない黒で光はすべて吸収する設定としている。


上から9時、12時

かなり均一に天井が光っている様子が分かる。
自分でも間接照明の折り上げ天井を設計するが、こんなに奇麗に光ってくれることはなかなか無い。

なぜサイクロイドか?の答えでは無いが、放物線の反射板で太陽光線がサイクロイド全体に拡散され、均一に天井を光らせテイルのは確かなようだ。
そのため、床面照度と壁面照度を計算してみる必要がありそうだ。

照度シミュレーション
天井のボールトの形状をサイクロイド曲線、半円形、フラット、放物線にし、壁面と床面の照度を比較してみた。 時刻と場所は、201062112:00pmのテキサス州フォートワースで設定した。
下表が結果である


表中色が付いている数字は太陽光での計算である。黒文字は参考で放物線の焦点にライン光源を置いた場合とフラットとの照度の違いを比較した数字である。
計算の条件は、ボールト天井以外は無反射の黒い壁と床で、トップライトから入る光線以外は光源がなく、周囲の壁や床の間接光もない状態で計算した。

シリンダー天井面がかなり均一に光っているが、これは真上から差し込んだ光が放物線状の反射板で反射されシリンダー面に均一に広がっている事による。

今回は、このサイクロイド形状で反射された光が床面や壁面に到達するときに美術館として何か工夫があるかどうかを調べることが目的だった。たとえば、床面はそんなに明るくなくても壁面は均一に明るさが保てるとか?
シリンダー天井の場合

サイクロイド天井の場合

フラット天井の場合


こうしてみると、フラットは天井の光り方が不均一でサイクロイドやシリンダーに比べて違和感はある。
肝心の照度については少し面白い結果になった。あまり大差はないが、シリンダーのほうが床面照度が高かった。天井が高い分床面は照度は落ちると思ったが、サイクロイド(172ルクス)シリンダー(201ルクス)だった。 
サイクロイド天井

シリンダー天井

フラット天井

逆に壁面の照度はサイクロイドのほうが高かった。(サイクロイド東側壁面141ルクス 西側壁面155ルクス、シリンダー東側壁面103ルクス西側壁面138ルクス)

参考に行った人工光線のシミュレーションでも面白い結果が得られている。これは放物線の焦点に人工光を置いたシミュレーションだが、かなり床面がフラットの比べて明るいが壁面は逆になっている。
放物線床面平均照度194ルクス
フラットの床面平均照度163ルクス
放物線の焦点にライン上の人工照明を置いた場合の放物線の天井の光り方
(中央の黒いラインが下面に反射板を設けたライン照明)

結果を考察すると、放物線は焦点からでた光は平行光線となる事が知られているが、これを究極としてサイクロイドからシリンダー 放物線とだんだん縦長にボールトになればなるほど、床面が明るく壁面に光がいかなくなる傾向があるようだ。
美術館の場合は、展示品が壁に掛けられていることが多く、ここに光をあてるためには縦長の形状よりできるだけ扁平な形状が向いていることが分かる。
キンベルの場合、サイクロイドを採用した理由はあまり述べられていないが、単にあまり天井高さを高くせずヒューマンなスケールの空間を目指しただけではなく美術品への光の当り方も考慮された結果だったのではないだろうか? 
ここで行った照度計算はソフトまかせのブラックボックスでありアルゴリズムも一切わからない。一方複雑な間接光を含めた計算であり手計算では無理ではある。結果が正確かどうかは検証のしようがないが、直観的には合ってるように思える。
そこで壁面照度について、同じ条件で壁面の照度分布を作成してみた。
前回は平均照度での比較だったのでビジュアル化してみた。


天井の形状はキャプションの通りである。シリンダー天井よりフラットのほうが壁面の照度は高いことがこの図からも分かる。(色が黄色に近いほど照度が高い)
考察のとおりである。

キンベルについていろいろ考察してきたが、まだまだカーンの言葉がこの建物に実現されていることをいろいろシミュレーションする必要がある。モデルを組むことがなかなか大変で少し時間を置きたい。

2011年11月10日木曜日

キンベル美術館(まとめ1)


前回ブログ形式で順次書き足していったため、後からみるとよくわからないためまとめ直した(20111023)

ルイスカーン設計のフォトワースに建つ美術館。


この建物は、光をテーマにしており、いろんな人がいろんな論文でこの建物について書いている。建築論に関するもの、この建物の設計過程を調べたもの、ボールト天井の反射輝度の調査などありとあらゆる論文がある。
だが、ボールト天井がサイクロイド曲線で構成されていることは良く知られていても、なぜサイクロイド曲線なのかを書いた文章は見当たらない。

いろんな説があり、半円のボールトでは高さが高くなりすぎ空間も無駄だし、ヒューマンなスケールにならないとか、別の建物からのビスタを確保するために建物の高さを抑える必要があったからとかである。
確かにカーン自身が、“高さが高くないボールトは個人にとって適当なサイズでありホームにいるような安全な感覚になる”と答えている。(19731023日のKERA-TV Dallasのインタビュー)
しかし、高さを抑えるためならほかにも解決方法はいくらでもあったはずで、なぜサイクロイドか?には答えていない。
工藤国雄のルイスカーン論では、構造の要請からサイクロイド曲線を採用したとなっている。工藤氏はカーンの事務所にもいたことがある人なので、たぶん構造の要請というのは本当なのだろう。しかし、サイクロイドを使えとは構造設計者は言わなかったはずである。ボールトの高さを抑えてほしいくらいのニュアンスだったのではないだろうか?このボールト天井は中央にトップライトのためのスリットがあり単純なアーチ構造みたいに自立しない。ボールト形状の現場打ちコンクリートにポストテンションをかけて成立させている。100フィート離れた両端にしかない7m23フィート)スパン梁成が中央部で大きくなっていることからも構造的には相当大変なのだということが想像できる。だからと言ってサイクロイドでなければダメなのか?
この建物のテーマは光である。この建物の内部に入るとコーティング型枠で造られた艶のあるコンクリート打ち放しボールト天井全体が光って見える。
この光の演出とサイクロイド曲線は関係ないのであろうか?どこにもそのことに触れた文章は見当たらない。
ならば、シミュレーションで確かめてみることにする。
キンベルに行った時たくさん写真をとったが、デジカメがない時代で全てポジフィルムである。
上記シミュレーションのため、ポジフィルムをデジタイズしてモデリングの資料とする必要があるし、サイクロイド曲線の方程式から座標を計算しボールトをモデリングする必要がある。
1989年撮影になっているから20年以上たっている。撮影したカメラは不明だがダラスに持っていったのは確かオリンパスのカプセルカメラだったように記憶している。距離計連動カメラにしてはまあまあ良く写っていると思う。フィルムはエクタクロームのASA64

今回デジタイズに使用したのは、ニコンのクールスキャン3という機種で、ヤフーオークションで購入したもの。安かったので買ったが、スカジー接続でパソコン側に接続端子がなくそのままではつながらず、インターフェースボードも更に購入。しかし、ボードがこれまた古くvista用のドライバーがないので、OSxpにしたパソコンを用意してやっと接続できた。スキャン自体もすごく時間がかかるし、スキャンしたままのrawデータは現像処理の段階でデフォルト設定だとダイナミックレンジが低く使い物にならないので現像にまたまた時間がかかってしまった。一枚当たり1時間以上かかっていると思う。大変な作業だ。
(画像の解像度はブログのためかなり落としています。)




















エントランスキャノピーが、壁面に落とす影。光から沈黙へ





エントランスホールから前庭を見る。沈黙から光へ。
手前のオレンジの線はトップライトから、反射板をすり抜けた直射日光の筋


手前左にカフェテリアがある。手前右と奥が展示室。エントランス正面はミュージアムストアになっている。


カフェテリアと自然光が入る中庭


ミュージアムストアというよりブックストア。ここで“LIGHT IS THE THEME”という本を購入



トップライト見上げ(エントランス部分)

反射板を通して雲の移ろいが見える。
反射板には無数の穴が開けられていてすだれ効果で透けて見えるが、穴の密度は展示室とホールとでは変えられている。

分節されたボールトの隙間から見える外部。


カフェテリア前の中庭



エントランスホールから見た中庭。
“物質は光が燃え尽きたもの”というカーンの言葉がわかる気がする。




2011年11月3日木曜日

水上の家


週末を過ごす別荘に行くため、夕暮れ時、靄のかかったラグーンにクルーザーをゆっくり走らせると居間明りが道しるべとなりたがて目的の建物が視界に現れる。クルーザーが着岸したばかりの光景。

になってしまったが、本来のテーマは洪水。絵として面白いのでタイトルを変更した。
実は洪水で湿地帯に建っている住居が浸水したところである。

この絵を作ったきっかけはミース設計のファンズワース邸だ。イリノイ州の湿地帯に建っており、しばしば洪水に見舞われる。ミースは設計するにあたり1階の床を1.5m地盤面より上げた設計をした。


ファンズワース邸の洪水時の写真。1階床までは浸水していない。

この建物を見ているとそんなに床が上がっているようには見えない。アプローチのテラスと軽快な階段でうまく高低差を処理しているためだ。ファンズワース邸は、その究極のディテールで世界中に知れ渡っているが、ちゃんと出水に対する処理をデザインで消化しているところがまた素晴しいと思う。
しかし、2008年秋の大雨はすごかったようで床上浸水してしまったようだ。その時の写真がこれ。

たぶん1.5mという数字は、過去の出水履歴を調べそれに余裕を持たせた設計なのだと思う。それが近年の地球規模の変化で床上まで水が来てしまったのだろう。地球温暖化の影響がこんなところにも表れているのだろうか?
水上の家みたいだが、

水がないとやはりつまらない。

いっそボートを浮かべてみたらどうだろうか?で作った絵が最初の絵である。
インテリアのイメージ

夜の居間のイメージ。

この光が灯台の役割を果たしクルーザーの道しるべとなる。

日本でも近年ゲリラ豪雨と称される熱帯に見られるような集中豪雨がよく起るが、雨水や出水対策は、過去の最大雨量(平成12年の東海豪雨の1時間97mm)から1時間当たり100mm想定としているが近年この記録を更新する集中豪雨が各地で降っている。
出水の種類には外水氾濫と内水氾濫がある。
外水氾濫とは、海水や河川の水位が堤防を越えて、もしくは決壊して洪水となる場合で、日本ではかなり堤防の工事が進んでおり、地震で堤防が破壊されて同時に大雨が降らない限りは大都市では起こりそうもない。しかし、外水が氾濫すると、その浸水量はとてつもなく大きく、たとえば大阪の淀川の堤防が決壊すると梅田のあたりは4mほど水につかることになるそうだ。また、浸水時間も何日という単位で相当長い。ちなみに東海豪雨では河川の堤防が決壊し外水氾濫となっている。
それに対して、内水氾濫とは、降雨量が下水道の処理能力を超えてしまい、道路に水があふれる洪水のことだ。こちらは道路の高さによるが、(高架の下をくぐり抜ける様な道路だと何mにもなるが)せいぜい何十センチの単位で、時間も短い。しかし頻度は年々多くなっており、特に地下がある建物は開口部の防潮板などの対策を十分に練っておく必要がある。
 上空から俯瞰。

この絵は、東海豪雨で河川が氾濫した時の航空写真とイメージが重なる。