2011年5月25日水曜日

ガブリエル塔レンダリング

ガブリエル塔付近の拡大を全体のテストのつもりでやってみた。



Web



設定は曇り。今回はバックグランドに曇り空の写真を用いてレンダリングした。



3Dの雲をレンダリングするのに比べて非常に処理速度は速い。



屋根のテクスチュアや地面のテクスチュアはまだまだである。



構図は、海を半分ほど入れたが、できればここに帆船をレイアウトしたいと思っている。







2011年5月21日土曜日

知的生産性アイデアコンペ

日本サステナブル建築協会が主催する表記に応募していたが、今日 選外の通知をもらった。



下記が応募案 タイトルは CUBE



Photo



応募案に書いたコメント



知的生産の源は発想であり、発想を手助けできる空間と時間を提供できる場こそ知的生産性を向上させる空間と言える。思い悩んで解決法が見つからない時、トイレに立ってひらめく事がある様に、発想は変化のない空間で長時間悩むより、リフレッシュを行ったり、色々な経験をしたり、瞑想したりする事が重要となる。このCUBEに設置されたスクリーンは、必要機能としてネットに接続されテレビ会議システムでのコミュニケーション機能やナレッジソースを得るインターネット検索機能を提供するが、加えてバーチャル3D映像で発想のためのリフレッシュや非日常体験ができる時間を過ごすことができる。
CUBEは、下町に位置し街を俯瞰出来る高さに設置されるが、その正面がパノラマ開口になっている一辺3mの立方体で、開口部スクリーンは機能性ガラスで構成され、透明度をコントロールできるほか、3D映像を映す事が出来る。透明なスクリーンは日常体験である下町の風景を切り取るが、不透明にし暖色の人工照明で演出することで日常から隔離された瞑想の場と時間を提供する。さらに、アマゾンの大森林・大海原・ヒマラヤ山脈・世界遺産などの3D映像を映し出す事でCUBEに居ながらあたかも別の空間に居る様な非日常体験が可能になり、閃きを手助けする。CUBEで過ごすことが、必要十分に知的生産性を刺激することができる。





モデリング途中 その3

大体大まかな形が出来上がった。しかし、ここが悩みどころ。



このままCADソフトでモデリングを続けるか、レンダリングソフトに移してディテールを作りこむか?



モデリングそのものはCADのほうが圧倒的に楽だけど、このスケールのモデルはどこまで造りこんでも切りがなさそう。レンダリングソフトならテクスチュアマッピングでディテールはごまかしが効く。



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とりあえず全体モデリはこのまま続けるとして部分的に移してみようと思う。





2011年5月20日金曜日

フェルメール 2

昨日 渋谷の東急文化村にフェルメールとオランダフランドル絵画展を見に行った。3月からやっているが行きたいと思つつ行けずに来たが、5月22日までの会期で終了までに昨日しか行く時間が取れそうにないので、思い切って行ってみた。事前にネットで会員になると入場料100円引いてくれて1400円。フェルメールの絵は一点だけ“地理学者”しかない。残り90点近くはドイツ シュテーデル美術館所蔵のオランダ絵画だった。 “地理学者”は、思っていたより小さいなという第一印象。しかし、他の絵が全体的に暗い雰囲気のものが多いためか、対比的に室内に入射する光を上手く捉えてるなと感じた。



http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Jan_Vermeer_van_Delft_009.jpg



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展覧会の図録が2500円で売っていたが買わずに、地理学者の絵葉書100円を買って帰ってきた。



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6月からは京都市美術館でフェルメールからのラブレター展が開かれるそうだ。



http://vermeer-message.com/



ところで、これって面白い(下記アドレス参照)



http://apod.nasa.gov/apod/ap050616.html



NASAが発表した合成がだが、背景にハッブル宇宙望遠鏡が挿入されていたりしている、また、いかにもカメラオプスキュラを使っていそうな構図の一致だ。





2011年5月6日金曜日

フェルメール

"謎解きフェルメール"という本を読んだ。フェルメールは、1600年代にオランダの都市デルフトに生まれた画家である。描いた絵は風俗画が多いが、現存する作品が30点くらいしかなく、しかも世界各地に散らばってる事もあり、希少価値も手伝ってか近年評価が高い。しかし確かに光の捉え方がうまいと感じる。


特に"青いターバンの少女(真珠の首飾りの少女)"




は有名でフェルメールの名前を知らなくてもどこかで見た絵だと思う人も多いだろう。


風俗画とは日本でいえば浮世絵だろうか?庶民の日常などをテーマに描かれた庶民のための作品が多い。


当時は宗教画を描くのが画家の本筋だが、オランダが君主制ではなく共和国だったことが風俗画を発展させたらしい。




ところで、本のタイトルだが、“謎解き フェルメール” となっているが、どうも謎解きとされる部分は的外れの解釈が多いと感じた。作品の紹介や時代背景などは大変参考になるも、肝心の謎解きは全く根拠薄弱で主観に寄ってると感じた。


この本の最初にフェルメールは写実主義ではあるが、作品の意図を表現するためにわざとパースペクティブを崩したりデフォルメを行っていると述べながら、謎解きの段になると、ある作品を例にあげてカメラオプスキュラ(写真機のような機械で被写体を投影し、それをなぞることで下絵を作る技法)を使ってない論拠にデフォルメをあげている。それも、画面全体のパースペクティブが狂っているのではなく、例に挙げた絵では扉の高さだけが狂っているのである。カメラオプスキュラを使ったらこんな縦長のドアにはならないはずだとして、カメラオプスキュラを使っていない論拠にしている。これって、この部分だけわざとデフォルメしたと考えられないのだろうか?最初にデフォルメは、自分で自覚してわざとデフォルメしたのであり、不正確な構図から生まれたものではない。と論じておきながら、カメラオプスキュラを使うとこんな不正確なプロポーションにはならないと論じている。全く矛盾している。


カメラオプスキュラを使ってようが、そうでなかろうがどうでもいいけど、異常に同じ構図の絵が多い事を思えば使っていると考えたほうが客観的な気がする。もちろん風景画もありすべての作品にカメラオプスキュラを使ったとは考えられない。


この筆者は、カメラオプスキュラを使う事が何か画家として後ろめたいことがあると思っているのだろうか?


女性特有のこうあって欲しいという願望のためにこじつけた論拠でしかない。カメラオプスキュラを使って正確に構図を決めて、それをデフォルメすることは悪いことなのだろうか?


読んでいてばからしくなった。こんな本に1300円も払って損した。